大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 昭和60年(ワ)1615号 判決 1987年4月20日

原告

岡本よし江

右訴訟代理人弁護士

瀬沼忠夫

被告

株式会社飯田屋商店

右代表者代表取締役

斉藤実

右訴訟代理人弁護士

佐藤卓也

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

三  本件につき、当裁判所が昭和六〇年六月二六日なした強制執行停止決定を取り消す。

四  第三項は仮に執行することができる。

事実

第一  申立

一  請求の趣旨

1  被告から原告に対する横浜地方裁判所昭和三七年(ユ)第五一号建物収去土地明渡調停事件の調停調書第八項に基づく強制執行を許さない。

2  原告と被告との間において、原告が別紙物件目録記載の土地について、建物所有を目的とし、期間を昭和四〇年六月八日から同六〇年六月八日まで、賃料を一か月金七万六五〇〇円、毎月末日支払いとする約定による賃借権を有することを確認する。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文一項及び二項と同旨

第二  主張

一  請求の原因

1  原告と被告との間の横浜地方裁判所昭和三七年(ユ)第五一号建物収去土地明渡調停事件の調停期日において、昭和四〇年六月八日、原告が被告所有の別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を、建物所有の目的をもって、期間を右同日から二〇年とし、賃料を一か月一万三五〇〇円とし毎月末日当月分を支払うとの約定で賃借する旨の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)の締結を含む調停(以下「本件調停」という。)が成立した。以来、原告は、本件土地上に建物を所有して本件土地を占有使用し、賃料はその後増額され、現在月額七万六五〇〇円である。

2  本件調停の調停調書には、本件賃貸借契約について次の特約条項(調停条項七項及び八項、以下「本件調停条項」という。)の記載がある。

(一) 本件賃貸借契約の期間が満了したときは、右契約は終了する。その際、如何なる事由があっても原告は右契約の更新を請求せず、被告も更新に応じない。

(二) 前項により本件賃貸借契約が終了したときは、原告は被告に対し直ちに本件土地上の建物を収去して本件土地を明渡す。

3  被告は原告に対し本件調停条項に基づき、昭和六〇年六月八日本件賃貸借契約の期間が満了し、借地権が消滅したとして、地上建物の収去及び本件土地の明渡を求めている。

4  しかしながら、本件調停条項は借地法一一条、四条に違反し、無効である。

(一) 本件土地は、もと訴外太田合資会社の所有であり、原告の亡夫岡本覚蔵が同会社から建物所有の目的で賃借していたものであり、その後、昭和一九年六月前田利明が、次いで昭和二九年三月被告が、いずれも売買によりその所有権を取得し、他方、覚蔵は昭和二八年一二月一日死亡し、原告が相続により賃借人の地位を承継した。

(二) 被告は原告に対し、昭和三一年三月、本件土地の賃貸借契約は昭和三〇年二月期間満了により終了した旨(予備的に無断転貸による契約解除)主張して建物収去土地明渡請求訴訟(横浜地方裁判所昭和三一年(ワ)第二七一号事件、以下「前件訴訟」という。)を提起した。

(三) しかしながら、右訴訟は不当訴訟のきらいがあり、到底認容され得ないものである。即ち、期間満了による更新拒絶については、被告は覚蔵が本件土地を使用していることを知りながら本件土地を買受けたものであり、買受けて一年後に更新拒絶の正当事由が生ずることはあり得ない。また、平野かね子に対する本件土地の一部転貸については、本件土地上の亡覚蔵の所有建物について固定資産税課税台帳の記載の誤りから一時的に原告の義妹である平野かね子名義で保存登記したに過ぎず、転貸に当たらないことが明らかである。

(四) 前件訴訟は調停に付され、本件調停が成立したが、前記のとおり、前件訴訟は原告にとって不利ではなかったから、原告が本件調停において、本件調停条項に合意しなければならない合理的理由はなかった。本件調停条項は借地人である原告にとって不当に不利益であることは明らかであり、原告の真意に基づくものではない。

本件調停の調停条項一項は、旧賃貸借契約の終了を宣言し、改めて二項において調停成立の日から二〇年間の賃貸借契約を締結することとしているが、右条項の体裁からみても、被告は、二〇年後に更新しない旨の本件調停条項が実行されないことを知りながら、本件調停を成立させたものといわざるを得ない。

5  原告は、昭和六〇年四月二二日、横浜簡易裁判所に借地権確認の調停を申立て(同庁昭和六〇年(ユ)第二六号)、右申立において、本件賃貸借契約の更新請求をした。

6  よって、原告は被告に対し、本件調停調書の執行力の排除並びに本件土地の賃借権の確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項ないし3項及び4項(一)、(二)は認める。

2  同4項(三)、(四)及び6項は争う。

3  被告の主張

本件調停条項は有効である。即ち、本件調停調書の各条項は、本件調停が成立するに至った経緯及び合意の内容を考慮すれば、これを本件土地の賃貸借契約の期限付き合意解約の約定とみるべきである。そして、以下に述べるとおり、本件調停条項の合意内容は、借地人である原告の真意に基づくものであり、かつ、原告にとって不当に不利益である事情は認められない。

(一) 被告は、昭和二九年三月二九日、当時原告が賃借していた本件土地を前田利明から買受けて、同日所有権移転登記を経由し、本件土地の賃貸人としての地位を承継したが、原告は被告を賃貸人と認めず、被告の賃料支払請求に応じないで、昭和二九年三月から賃料を供託していた。

(二) そこで、被告は原告に対し前件訴訟提起したところ、右訴訟は昭和三三年六月二五日調停に付せられ、昭和四一年六月八日本件調停の成立に至るまでの七年間約五〇回に亙り調停期日が重ねられ、審理、協議を経たものであり、その間双方とも弁護士である訴訟代理人が出頭し、原告本人も殆ど毎回期日に出頭していることからも、本件調停条項が原告の真意に基づくものであることは明らかである。

(三) 被告は、右訴訟において、本件土地の賃貸借契約が昭和三〇年二月末日期間満了により終了したとして自己使用の正当事由(予備的に無断転貸による解除)を主張し、原告はこれを争った。原告が当時本件土地上に所有していた建物は、終戦直後に建てられたバラックで、本件調停成立時においては朽廃に近く、原告は改築の必要に迫られていた。従って、原告としては、賃貸借期間を二〇年と限定されてもその間本件土地上に建物を新築しこれを利用することが利益になると判断したものである。

(四) 本件調停は、原・被告間に本件土地の賃貸借契約の存否について争いがあり、右契約が終了したか否か確定していない段階で合意したものであり、右合意の趣旨は、従前の事実上の賃貸借契約関係の存在を前提として、被告は向後二〇年間の賃貸借の継続を認める一方、原告は二〇年後には賃貸借関係の終了を認めるとの相互の譲歩により、右紛争を解決したものである。

第三  証拠関係<省略>

理由

一請求原因1項ないし3項は当事者間に争いがない。

二そこで、本件調停条項の効力について検討する。

請求原因4項(一)、(二)は当事者間に争いがなく、右事実に加え、<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

1  原告の亡夫岡本覚蔵は、訴外太田合資会社からその所有の本件土地を建物所有の目的で賃借し、地上に建物を建て、化粧品、薬品の小売店及び薬局を経営していたが、本件土地は、昭和一九年六月三〇日前田利明が、次いで昭和二九年三月二九日被告が、いずれも売買によりその所有権を取得するとともに賃貸人としての地位を承継し、他方、覚蔵は昭和二八年一二月一日死亡し、原告が相続により賃借人の地位を承継した。

ところで、被告が本件土地を買受けた際、原告は被告から本件土地を買受けるべく交渉したが代金額等で折合いがつかず、これが原因で、原・被告間に紛争が生じ、原告は被告に対し賃料を支払わず、昭和二九年三月以来賃料を供託していた。

2  昭和三一年三月、被告は原告に対し前件訴訟を提起し、右訴訟において、本件土地の賃貸借契約は昭和三〇年二月末日期間満了により終了し、被告には自己使用の正当事由があるので契約の更新を拒絶する旨、仮に然らずとするも、原告は平野かね子に本件土地の一部を無断転貸したので契約を解除する旨主張し、これに対し原告は、契約期間の満了日は昭和三一年九月一四日であり、被告に正当事由はなく、また、無断転貸の点については、亡覚蔵が建築した本件土地上の建物(後記(三))について固定資産税課税台帳の記載の誤りから、一旦原告の義妹である平野かね子の名義で所有権移転登記をしたが、その後原告名義に所有権移転登記をしたものであり、転貸に当たらない旨主張し、抗争した。

3  前件訴訟は昭和三一年五月一八日から十数回弁論期日が重ねられた後昭和三三年六月二五日調停に付せられ、昭和四一年六月八日まで約七年間に亙り、和解期日を含めて五〇回に及ぶ調停期日が開かれ、当事者間で協議交渉が重ねられた末本件調停が成立するに至ったもので、右各期日には当事者双方とも弁護士である代理人が出頭し、原告本人も最終期日を含めて度々期日に出頭した。

本件調停においては、当初、原告が本件土地の買受けを希望したが合意に至らず、被告が明渡猶予期間として五年ないし一〇年を主張したのに対し、原告は現存建物の増改築の承諾を条件に二五年後に明渡すことを主張し、互譲の結果後記の各条項により本件調停が成立した。

当時、本件土地上には、(一)木造ルーフィング葺平家建店舗兼居宅建坪六・二五坪、(二)煉瓦造二階建土蔵建坪一、二階共六坪、(三)木造亜鉛葺平家建店舗兼居宅建坪四坪の三棟の建物があり、(一)及び(三)の建物は、従前の建物が戦災により焼失した後の昭和二一年頃建築されたバラック建ての建物であった。

4 本件調停において合意された事項は、本件調停条項(七項及び八項)のほかに、本件土地の賃貸借契約が昭和三一年四月一五日解除されたことを確認する(一項)、被告は原告に対し、昭和四一年六月八日本件土地を普通建物所有の目的で、期間を二〇年として賃貸する(二項)、被告は、原告が既存の前記一の建物に木造二階一〇坪を増築し、或いは、既存の建物を取り壊してコンクリートブロック造り二階建店舗兼居宅を新築することを承諾する(三項)、昭和二九年三月から昭和四〇年五月までの供託金八一万円は、被告が賃料若しくは賃料相当損害金として受領する(四項)、なお、原告が被告に対し本件土地を明渡す場合には、前記増築或いは新築した建物を収去して明渡し(八項)、建物買取請求、立退料等一切の請求をしない(九項)等である。原告は、その後右条項に従い、土蔵を除く前記建物を取り壊して店舗兼居宅を新築した。

以上の事実が認められ、原告本人の供述中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らしたやすく措信することができない。

三以上の認定事実に基づき本件調停条項の効力について考えるに、本件調停において合意された内容は、二項及び七項のみを形式的にみるならば、原・被告間において新たに賃貸借契約を締結し、賃借人である原告が契約の更新請求権を放棄したかの如くみえるが、本件賃貸借契約を巡る紛争から本件調停の成立に至る経緯並びに調停条項等を彼此検討すれば、実質的には従前の本件土地の賃貸借契約を更新し、本件調停成立の日から二〇年後にこれを合意解約することを約したものとみるのが相当である。そして、本件調停条項の内容は、五〇回に及ぶ調停の経過に照らすと、原告において熟慮のうえ合意したものであって真意に基づくものであり、また、一〇年余の本件紛争の経緯に徴すると、必ずしも客観的に合理性を欠くものとはいえず、借地人である原告にとって不当に不利益とはいうことはできない。

従って、本件調停条項は借地法一一条、四条に違反するものではないから、これを無効ということはできない。

四以上の次第で、本件調停条項は無効とはいえないから、その余の点につき検討するまでもなく、原告の本訴請求は失当として棄却を免れない。

よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、強制執行停止決定の取消及びその仮執行宣言につき民事執行法三七条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官蘒原 孟)

別紙物件目録

一 横浜市中区伊勢佐木町三丁目一〇七番一八

宅地 一〇〇・一六平方メートル

(平方メートルに書替える前の尺貫法による表示は 三〇坪三〇)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例